レカ郎写真記


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...... 2024年10月14日 の日記 ......
■ あれから30年   [ NO. 2024101401-1 ]
今日で札幌市営地下鉄東豊線の豊水すすきのー福住間が延伸されてちょうど30年となりました。
30年前の鉄道の日、94年10月14日に延伸開業した東豊線ですが、もう30年になるんですね。当時私は沿線に住んでいたので開業の日学校が終わってから乗りに行ったのを今も鮮明に覚えています。確か延伸区間を使って同じ日に霊園前から駅名が変更になった南平岸まで行った気がします。霊園前が南平岸へと駅名が改称されたのが今のところ札幌市市営地下鉄では唯一の駅名変更ですね。

さて当時の沿線は国道36号線を中心にバスが交通手段のメインでした。地下鉄となると平岸か白石、南郷7丁目や南郷13丁目をバスで行ったり遥々歩いて行って利用するしかなかったのです。なので地下鉄というのは都心まで行かなければ乗れないもの、見られないものという認識でした。特に東豊線は豊水すすきのまででしたので他の2路線以上に都心まで行かなければ乗れないものだったのですが、開業の日真新しい駅へ行き地下に降りてホームに立つとそこには今まで都心まで行かなければ見れなかった、乗れなかったはずの東豊線の車両がいるんですね。当たり前のことですが、なんだかとても不思議な感覚で乗ったのを覚えています。

さらに前、実は沿線住民を対象に町内会単位で建設中の構内を見学するというイベントがあり、それに参加したことがありました。月寒中央駅の見学だったのですが、まだコンクリートむき出しの壁や電線などが這っている地面、資材だらけのコンコース、階段もろくに出来ていない、改札や券売機の入る場所にはスペースだけあって抜けていたりする状態の中を通り抜けてホームまで降りると、まだまだ工事現場という中ながら軌道などは既に出来上がっていました。そして軌道に降りて札幌の地下鉄では初採用となったナトム工法で作られた月寒トンネル内まで歩いて行き、少し進んだところで参加者全員で集合写真を撮影をして戻ってくるという今では大変貴重な体験をしたことがあるのですが、そういう経験もあってあの時工事現場だったところがこんなにきれいな駅になったんだな〜なんて思いながら駅構内を歩いたものです。

ちなみに月寒中央ー美園間にあるナトム工法で作られた部分はきちんと月寒トンネルという名称がついているようですね。ただし当然ながら銘板や扁額などはありませんが。
あの区間は軌道間に柱がないので車窓の景色が独特で好きな区間の1つですが、まあ普通はそんなこと気づかないですよね。

ナトムの存在は知っていたのですが、本線では初採用となった豊水すすきのー学園前間のシールド工法で建設されたトンネルの方は知らなかったので、初乗車でちょっと驚きました。この延伸区間はかなり内容が濃いですね。終点の福住駅は引き上げ線が3線あって当時は到着した列車は一旦編成をくねらせて中線へ入ってスイッチバック式で再び編成をくねらせてホームに入ってくるという今では興味深い方法をとっていました。

その後高校や大学へ通学する際毎日のように利用していたりもしましたが、延伸区間の開業でバスのドル箱路線だった36号線が現在進行形ですっかり寂しい物になってしまったのは今も衝撃的なものがあります。特に月寒中央通10丁目はその昔月寒営業所があった関係からか複数個所にバス停があり、普通便のみならず急行便や空港連絡バスなどなんでも止まる停留所で、中央通10丁目を起終点にする路線すらあったものですが、地下鉄開業でバス路線が廃れ始めたのと同時に福住駅と月寒中央駅前の存在で中央通10丁目の存在感も薄くなり、やがて急行便や空港連絡バスが停車しなくなってしまい普通のバス停になってしまったので当時利用していたことがある身としては「ここまで廃れてしまったのか・・・」と寂しく思ったものです。

さらに最近ではドライバー不足由来の減便や路線短縮、廃止、多くの路線が福住駅を起終点にしてしまったのですっかり便数が減ってしまい、以前の面影はなくなってしまいました。地下鉄延伸前はダイヤを見なくてもバス停に行けばすぐバスが来るという状態だったんですけどね。

ちなみに現在札幌市内の路線バスで地下鉄駅発着の路線には一部を除き各地下鉄駅の頭文字が系統番号につけられていますが、このルールが登場したのも30年前の東豊線延伸の時なんですよね。

あれから30年沿線の様子も大きく変わりました。高層建築が増え昭和という感じの家が随分なくなりました。当時住んでいた身として実感があったのは、何かするとすぐマンションになるという感じでした。その流れは今も変わっていない気がします。

さてそんなわけで先日30周年を前に福住駅周辺をちょっとだけウロウロしてみました。
まずはこちら



まあこうなりますね。
初めて乗ってから30年になりますが、今では走る車両も変わりホームにはホーム柵が設置され様子ががらりと変わっています。そして列車はワンマンで自動運転を行っているわけです。30年前の私にこの写真を見せてこの状況を伝えたらどう反応するでしょう。
ちなみに延伸開業に合わせて増備した7000系すら今はもう亡き者になってしまっています。なお7000系の全廃から今年で8年にもなるんですね。いや〜早い。

そして今はホームで折り返し運転を行っているというだけでも驚きそうなものです。開業当時は1番ホームから出る栄町行きは始発だけでしたからね。夏休みにわざわざ早朝福住まで行って始発列車に何度か乗りに行ったこともありました。始業点検をしている様子は普段じゃ見られない姿ですからね。また乗務員さんが来る前にホームに入ると車内灯が点いていない暗い車内の車両が全く音を出さずに、まるで寝ているかのような状態で両方のホームに止まっていたり、始発列車が普段だと逆走する形で福住駅を出た後その先のポイントで本来の軌道へ転線するというのが非日常を味わえる時間だったんですよね。



地上の見てみました。どこがいいかと考えたのですが、一応1番出入口にしてみました。
このすぐ横にファミレスがあったのですが今はもうありません。そしてその逆隣りには昔なかったコンビニが出来ています。

開業前はこうした出入口のシャッターが日中でも閉まっていて、通る度に何か聞こえないかとシャッター前で耳を澄ませたものです。
稀に試運転している列車の音が聞こえたりすると「おお!」なんて思ったりして。

そういえば昔豊水すすきの駅から福住方向を見た時トンネルの先が壁になっているのが見えたのですが、そのうちそれが白だったか灰色だったかの幕のようなものになったのを見て、あの向こうで確かに延伸工事が行われているんだということを実感したことがあります。

さて最後はおまけ的なものですがこちら




先日地下鉄開業30年を前に閉店してしまったイトーヨーカドー福住店です。
道内のヨーカドーでは地下鉄駅直結というのはここが唯一でしたね。
開業当初はヨーカドーブランドでも高級志向のエスパ福住店として開業、後に月寒店と統廃合する形でヨーカドー福住店となり月寒店は閉店しています。
琴似店もエスパでしたが、エスパを覚えているという人今はどれだけいるでしょうか。
私もチョイチョイ寄りましたし、地下鉄直結だけでなく、バスターミナルも併設されていてヨーカドーでは一番商売する上で有利な条件だったのに閉店と聞いた時は驚きでした。
建物は残り今後ロピアになるようですが、ここも30年でエスパ→ヨーカドー→ロピアと変化して来ました。

この30年地下鉄自体も変わり、そして地上も大きく変わってきました。福住駅のさらに向こうには延伸当初はなかった札幌ドームも出来ています。ついでに私も東豊線沿線から去っています。
あの日あの時の記憶が今も鮮明にありますし、正直30年も経ったと思えず、まだ新しい区間というような認識すらあるんですがでも30年経ってるんですよね。当然私も残念ながら30年分年を食ってしまっていますし。

この5年後の99年には東西線の琴似ー宮の沢が延伸開業していますがそちらも今年で25年目。そちらはさらにまだ新しい区間という認識なのですが、そこで札幌の地下鉄はピッタリ延伸事業が止まっています。目標の総延長50kmに達した(厳密には達していませんが)ということなのですが、今後根強く延伸が望まれている東豊線の清田方面と東西線の手稲方面は果たしてどうなることでしょう。
私は手稲まで延伸するならその前にまず鉄道が全くない清田までの延伸が優先順位としては上では?と思うんですけどね。特にバスが細る一方の昨今においてはバス以外公共交通のない方を優先するべきではないかと思いますし。そうじゃないと今の状況では早々にバス路線の廃止や減便の嵐で通勤通学難民が出てしまうと思うんですよね。

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