レカ郎写真記


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...... 2020年04月17日 の日記 ......
■ 突然のさようならを前に   [ NO. 2020041701-1 ]
昨日ご紹介した札沼線非電化区間ですが、今日の10時新十津川発の列車を持って事実上廃止となってしまいました。かつてこんなスピーディーな廃線があっただろうかと思ってしまいますが、今日はその続きです。

まずはこちらから



既に昨年ご紹介していますが駅舎内です。畳敷きの部分がありますが、意外とこれっていいんですよね。かつての繁栄を思わせる比較的大きめな待合室です。




こちらは窓口方向を向いたもの。この時は平日ということもあって訪れる人は少なめでしたが、それでもゼロではありませんでした。
もうこの駅舎内には入ることができないのでしょうかね。ただ記念入場券の販売がありますので窓口業務だけは行っているのかもしれません。あくまで6日までは運休扱いですので。そうなると信号なども点灯した状態なのでしょうかね。




こちらもまだ健在でした。今年2月に行った時に気づいたクリスタルエクスプレスの広告です。
しかもデビュー当時3両編成のものです。
このちょっとしたお宝も廃線後はゴミになってしまうのでしょうか。



駅舎内にこんな幟がありました。
5月6日となっていますが、実際には今日4月17日になってしまいましたね。
3両や4両といった編成の列車も計画されていましたから、本来なら廃線を前にこのような姿が見られるはずだったんですがね。実にさびしい最後になってしまいました。




続いてですが、列車の撮影ポイントへ向かう時見かけて気になったものです。
メガネ橋とまではいきませんが、昭和の香りが漂う構造物です。
ぜひ役目を終える前にここを通る列車を撮ってみたいと思うようになり・・・



撮ってみました。
この時は1両編成の方が来たのでピタっと収まりましたが、2両だと無理ですね。
あらかじめ石狩月形駅までのタイムを計っておき、石狩月形駅でちょこちょこっと撮影した後すぐここに来て撮った1枚です。
この小さな橋にももう列車が走ることはありません。



石狩月形駅で待ち合わせ中のキハ40です。
駅と線路はしばらく残るでしょうが、列車の姿はもうここで見ることができません。
つい昨日まであたり前に列車がやって来ていた地域に列車が来なくなり、鉄道というものが遠い存在になってしまう、鉄道の車両がその地域に来るというのがあり得ない存在になってしまう、当たり前だったものが失われる、それが廃線というものです。




こちらはホームから新十津川方向を見たものです。
まっすぐ山の方に伸びて行き、山に突っ込んでいくようなこの眺めが好きでした。まさにこの先に豊ヶ岡という秘境駅があるぞという感じが伝わってくるんですよね。



停車中のキハ40と駅舎を入れてのサイドビューです。よく見ると駅舎にはありがとう札沼線の看板があります。



キハ40が来なくなり、おそらくこの駅名かんばんも既に撤去されたか、まもなく撤去になってしまうものです。この写真にあるもの全てが今後失われていきます。
このキハ40 401は比較的最近検査を受けたようですが、それでもお役御免になってしまうのでしょうね。
イベント列車に改造されたらびっくりですが。
ま、この400番台だけ特有の構造がありますので、整備面からも廃車という方向になるのでしょう。



キハ40と駅舎の看板を入れて。



待ち合わせ列車がやってきました。この日最後の浦臼行きです。
駅員さんが運転業務に出てきていますが、これも石狩月形だけで見られるものです。まさに映画鉄道員のワンシーンのような光景です。札沼線非電化区間の廃止によってこの鉄道員の姿も見られなくなりましたし、スタフ式閉塞が今日道内から姿を消しました。



浦臼行きは2両でしたが、ほとんど人の姿はありませんでした。廃線を前にした姿とは思えません。この時間だと浦臼からの二次交通がないというのがあるのでしょう。
この行程だと15時前に苗穂を出て石狩当別まで回送してくる編成のはずですから、この日の回送は2両だったということですね。なお最終列車もどうやらこの編成だったようです。

散々札沼線だけを走ってきた400番台ももうその嫌というほど走った札沼線に足を踏み入れることはなくなりました。



昨日もご紹介しましたが、札式の案内です。
浦臼行きの最終便が出ると「次の改札は」の札が右寄せになり、中央を開けて左端に石狩当別行きの札が残されます。ただもうこの札もお役御免ですね。




駅舎を敷地外から見たものです。この昭和の北海道の駅舎もそのうち解体でしょうか。せめて小さな鉄道資料館にでもしてもらえないでしょうかね。札沼線の非電化区間でこのような駅舎があるのは月形だけですし。



夕暮れ時の石狩月形駅正面です。
もうこの駅も駅舎も駅として機能することはありません。もうこれが見おさめだろうなと思って見ていましたが、まさかその2日後に突然廃線になるとは思ってもみませんでした。
新型コロナは色々なものを私たちから奪っていますが、鉄道の余命まで奪うとは。

突然廃線に出来たのも、そもそも廃線日を当初の予定から気軽に前倒し出来たのも、廃線に先立って1日から代替バスが運行しだしていたこと、そもそもの利用が少なすぎたことがあるのでしょうね。
廃線予定日の1か月以上前に代替バスが走り出しているというのもあまり聞いたことがありませんけどね。

鉄道の廃止により私ももう月形にわざわざ行くということはないでしょう。鉄道の廃止というのはつまりそういうことです。
用事がなければその土地には普通行かないものですが、その用事というのを奪われてしまえば、鉄道のない地域と同じですからね。私のまだ道内で行ったことのない地域というのは多くの場合鉄道のない場所です。これが鉄道のあるなしの差なのでしょうね。たとえファンじゃなくとも鉄道があるとないとでは利便性の問題が発生してきますので、例えバスがあっても鉄道で行けないなら・・・となってしまいますからね。
アイディアとやる気次第では色々な可能性を持っている鉄道ですが、また1つその可能性を見つけてもらえずに廃線になってしまった鉄路が出てしまいました。
そして私の持つ硬券入場券のコレクションの中からまた、廃駅の入場券になってしまったものが出てしまいました。
日高線鵡川ー様似、そしておそらくこのまま廃線になるであろう根室線東鹿越ー新得に続いて次は留萌線全線でしょうかね。新幹線の登場によって道内の鉄路はどんどん細るばかりです。

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